はじめに
今、あるサービスの中の1機能として「勤怠アプリ」を作成しています。
勤怠管理アプリは、法律(労働基準法)が定める割増発生の基準と、会社独自の運用ルールが絡み合って、
さらに給与計算やコンプライアンスにも関わってきます。
特にフレックス制や固定残業(見込み残業)制を採用している場合、「時間の基準」そのものを正しく設計しないといけません。
本記事は、勤怠アプリを作る際に避けて通れない重要ポイントを、2弾構成で解説します。
今回は、勤怠計算の土台となる4つのテーマを扱います。
- 月清算の二本立て基準:会社所定総時間と法定総枠の違いと役割
- 法定休日労働の除外&即割増の扱い
- 深夜の日次判定と重畳
- 固定残業(見込み残業)制での計算の考え方
次回は、より運用寄りの機能や法令対応を扱っていきます。
- 申請と承認の最小構成
- 36協定の「見込み」表示
- 締めと給与連携
二本立ての基準:「会社所定総時間」と「法定総枠」
構造
会社所定総時間
=> 「会社がこの月に働いてほしい時間」。
=> 所定労働日数 × 1日所定時間(例:8h)。会社のカレンダーに沿い、土日祝・会社休暇を除外して計算。
法定総枠
=> 「法律が割増賃金の発生ラインとしている時間」。
=> (暦日数 ÷ 7) × 40h(祝日・所定休日は除外しない暦日ベース)。
例:2025年9月(30日)
- 所定労働日:20日(平日22日−会社休日2日)
- 会社所定総時間 = 20日 × 8h = 160h
- 法定総枠 = (30 ÷ 7) × 40 ≒ 171.4h
疑問と解消
Q.「法定総枠だけでよくない?」
A. 固定残業制だけ見るなら法定総枠でも計算できるが、固定残業なしの会社では 所定時間超過=残業100%、法定超過=残業125%と区別するため必須。
- 会社所定総時間:社内残業管理や予算管理の基準。これがないと「会社的にはどこから残業と呼ぶか」が曖昧になる。
- 固定残業制の会社では法定総枠だけでも計算は成立しますが、汎用的な勤怠アプリには二本とも必要。
Q.「(仮)見込み残業45hの会社は125%払わなくて良いのでは?」
A. 払う必要がある。45hは先払いの上限で、超過分は別途支給(125%)する必要があります。
法定休日労働の除外&即割増
法定休日とは
- 労基法35条で定められた休日で、「毎週1日」または「4週間で4日以上」を必ず与える必要がある。
- 曜日固定(日曜など)でなくてもよく、会社が事前に指定できる。部署単位や個人単位での指定も可能。
割増賃金の扱い
- この法定休日に労働した場合、即35%以上の割増賃金が発生する。
- さらに深夜(22:00〜翌5:00)なら、+25% が上乗せされる。
- 例:日曜(法定休日)深夜勤務なら 100% + 35% + 25% = 160%
「総枠」に含めない理由
- 「総枠」とは、所定労働時間や法定労働時間を基準にした時間外労働の集計枠のこと。
- 法定休日労働は、そもそも時間外労働(所定超過・法定超過)とは別のカテゴリとして扱われる。
- 休日労働は、平日残業のように「8時間を超えたら割増」ではなく、1分でも働いたら即35%割増。
- そのため、月単位清算やフレックス制度の「総枠時間」計算に休日労働時間は足さない。
- 休日労働は別途カウントして、別枠で割増計算する。
疑問と解消
Q.「週7日働いてるなら、後から一番働いてない日を休日にすればいいのでは?」
A. NG。休日は事前指定が必須。事後変更は振替休日や代休の扱いになり、割増や休日付与の条件が変わります。
深夜の日次判定と重畳
構造
- 深夜労働 = 22:00〜翌5:00固定。
- 日をまたいでも「勤務開始日」を1勤務として扱うのが一般的。
- 深夜割増(+25%)は時間外や休日割増に重ねて計算する。
例
- 21:00〜翌1:00勤務(休憩なし)
- 21:00〜22:00:時間外(+25%)
- 22:00〜翌1:00:時間外(+25%)+深夜(+25%)=合計+50%
疑問と解消
Q.「見込み残業なら、日内8h超過でも月単位で45h超えだけ見ればいい?」
A. 法定外(125%)は月末にまとめてOKだが、深夜割増は日次で必ず支払う(固定残業に含めない)。
(補足)固定残業制の場合の計算方法
- 法定外労働時間(8時間超過分)は月末にまとめて計算して固定残業枠と突合。
- 深夜割増は固定残業に含めず、日次で即支払いするのが原則。
固定残業(見込み残業)制での計算の考え方
構造
- 固定残業は「法定外の〇時間分の割増賃金を先払いする契約」。
- 法定総枠を超えた時間を法定外労働とし、そのうち固定残業枠を超えた分だけ追加支給。
- 深夜・休日は固定残業に含めない(法律的にも含めない方が安全)。
例(30日月)
- 実働:220h
- 法定総枠:171.4h
- 法定外:48.6h
- 固定残業枠:45h → 超過3.6hを追加支給(125%)。
疑問と解消
Q.「見込み残業は上限規制(36協定)を超えてもいいの?」
A. ダメ。固定残業はお金の先払いであり、時間規制とは別枠。
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背景
- 見込み残業(固定残業)は、「一定時間分の残業代を先に支払う制度」。
- これはお金の払い方に関するルールです。
- 一方、上限規制(36協定)は、「そもそもどれだけ残業できるか」という時間の上限に関する法律上のルールです。
- この2つは性質がまったく別で、固定残業があるからといって時間上限を無視できるわけではありません。
- 見込み残業(固定残業)は、「一定時間分の残業代を先に支払う制度」。
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36協定の上限規制(法定ルール)
- 原則:月45時間・年360時間が上限
- 特別条項付きでも、年720時間以内
- 複数月平均80時間以内(休日労働含む)
- 月100時間未満(休日労働含む)を超えてはならない。
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よくある誤解
- 「見込み残業45時間分を払ってるから、実際は60時間残業しても問題ないのでは?」
- これは誤り。
- 固定残業の「45時間分」というのは、お金を先払いしている時間数を示しているだけ。
- 実際に働ける時間数は36協定の上限で制限される。
- 36協定を超えた残業をさせると、労基法違反になり罰則の対象にもなる。
まとめ
勤怠管理は「時間の計測」だけではなく、
- 何の基準に基づく時間なのか(会社所定/法定総枠)
- どう割増計算するのか(休日/深夜/法定外)
- 支払い判定をいつ行うのか(月末か日々か)
この3階層の構造を理解した上でアプリの設計をしていくことが重要。
終わりに
次回の第2弾では、この土台の上に
- 申請・承認ワークフロー
- 36協定見込み警告
- 締め処理と給与連携を
どう乗せていくかを記述し、
実際に仕様書まで落とし込んでいきます。